LOHASコンテンツ 移食住 vol.5 風土(food)探訪「畑家(はたけ)」のあるモデルハウス訪問記

秋も深まりゆく今日この頃。作物は収穫の秋を迎え、食欲の秋をより一層豊かなものにしてくれます。自然の恵みを都会よりもより近くで実感できるはずであろう「はせくら台」の秋はいったいどんな魅力に包まれているのか、その実態をレポートいたします。

  • 新鮮野菜がびっしり並んだ販売コーナー
  • モデルハウスで実践している「畑家のあるくらし」
  • スタッフの千葉さんは畑の管理者としても多忙な日々
  • 見事な里芋たちを無事収穫
  • 2ミリ足らずの種から大根足の様な大根ができるのは驚き

新鮮な旬の作物が身近に

秋空が心地よい10月半ばの午前10時。はせくら台の前にまず訪れたのが、みちのく杜の湖畔公園の入口に位置する「JAみやぎ仙南川崎特産センター」。ここでは地場産品や工芸品の販売、レストランを備えた川崎町の人気スポット。メインの作物販売スペースには、鮮度とボリューム感たっぷりの野菜が所狭しと並んでいます。瑞々しいキャベツを物色していると「これ今朝(畑から)採ってきたものだから」と、生産者らしき方が教えてくれました。それを聞いてふと「身土不二(しんどふじ)」という言葉を思い出しました。人と大地は決して切り離せるものではないという仏教用語ですが、新鮮な旬の作物を摂取することは「土の氣をいただく」ことでもあるので、収穫したばかりのものが手に入る拠点が間近にあるのは幸せなことなのだなぁとうらやましく感じました。

「畑家(はたけ)」のあるしあわせ

センターを後にして、いざ『仙台はせくら台』の象徴であるモデルハウスへ。「畑家(はたけ)のある暮らし」を提案する『仙台はせくら台』では、そのお手本となるべく、モデルハウス敷地内に自家菜園をつくってさまざまな作物の栽培を行ってきました。モデルハウスのスタッフである千葉さんは、必然的に畑の管理も兼ねることになり、この1年の間に多種多様な作物の栽培に貪欲に挑戦し、土と作物が創造する自然の神秘を体感させてもらったそうです。おかげで大嫌いだったイモムシやカナヘビにもある種の愛着を感じられるようになったとか。また、畑があるおかげでご近所の方々や子供たちとのコミュニケーションがより豊かなものに。じゃがいもの収穫を小学生の子供たちに手伝ってもらって、そのご褒美にじゃがバターやフライドポテトを振舞ったり、ご近所さんの「今度は何植えたの?」から井戸端会議がはじまったり。もし畑のないフツーモデルハウスなら、そういうコミュニケーションは生まれないだろうなぁと感じつつ、改めて「畑家のある暮らし」のメリットを実感しました。
それからご厚意により、ちょうど収穫時期を迎えた里芋の収穫という大役を仰せつかりました。地中で脈々と成長を遂げた里芋がどんな形で出てくるのか緊張しながら茎を引っ張りましたが、思ったより地表に近いところに里芋が生っていました。自分が育てたわけではないにしても、土の中から作物を取り上げるというのは感慨深いものでした。ちなみにいま畑で栽培されていたのは、大根、ミニ大根、二十日大根、にんじん、ピーマン、なす、キャベツ、ハーブ各種などなど。なかでも興味深かったのは茗荷(みょうが)。凛とした茎と葉が60センチくらいまっすぐに伸びていて、茗荷の実はその根っこ付近から地面に向かって生えてくるのだそうです。茎と葉がまるでアンテナのように陽の光を吸収し、茗荷の実に栄養を供給して地表に発芽させるそのメカニズムに、作物の神秘を感じました。市販のものではなくここで採れた大根の種も見せていただきましたが、直径2ミリ足らずのこの種からあのムチムチした大根が生るのかと思ったら、「スゴい」「素晴らしい」という感嘆符以外に口をつく言葉はありませんでした。土を起こし、畑を耕して作物を育てるということは、あらゆるモノやコトを自然から授かることなのかもしれません。

コミュニケーションの創造発信源

いま、太陽光発電がブームですが、住まいに太陽光発電を付けると、必然的に省エネを心掛けるようになるそうです。それは太陽の光を我が家で収穫し、いわゆる自家発電をする過程で家族みんなが発電メータを見守るようになるので、電気の尊さや有難みを実感する結果、エネルギーの無駄遣いをしなくなるというもの。発電を通じて家族のコミュニケーションが豊かになったという話も聞いたことがありますが、これらは畑のある暮らしにも全く同じことが当てはまるのだと思います。作物を自分で育て、収穫することで、その有難味を知る。手を掛けた分だけ自然の摂理を学び、褒美として食する。そういう暮らしこそ、“にんげんがいく”が提案するカタチなのだと思いながら、畑をやりたい衝動に駆られつつ、秋晴れのはせくら台を後にしたのでした。